ホーナー氏、2012年末にラウダ氏からメルセデス代表就任を打診されたと明かす レッドブルへの忠誠から断る
元レッドブル代表のクリスチャン・ホーナーが、新著の回顧録『Drive』の中で、2012年のクリスマス前にニキ・ラウダからメルセデスF1のチーム代表就任を打診されていたと明かした。ホーナーは、オーナーのディートリッヒ・マテシッツとチームへの忠誠を理由に断ったという。
この内容は、ブラジルのGrande Prêmioと英国のRacingNews365が同書の記述として伝えたもので、ホーナーの記憶に基づく記述であり、第三者による検証は示されていない。
ラウダが自宅を訪ね、多額の報酬を提示
RacingNews365によると、当時メルセデスの非業務執行取締役だったラウダは、2012年のクリスマス頃にホーナーの自宅を訪れ、チーム代表のポストを提示した。ホーナーは「不意を突かれた」と述べ、ラウダが示した多額の数字は自身の報酬額だったと理解したという。ラウダの売り文句は、レッドブルはメルセデスが払える額を決して払えない、というものだった。
ホーナーは話を聞いたうえで、きっぱり断ったと記している。Grande Prêmioによれば、理由はマテシッツとチームへの忠誠心だった。当時のレッドブルはベッテルとともに2010〜2012年に3年連続でドライバーズ、コンストラクターズの両タイトルを獲得した直後で、2013年も両タイトルを制している。
ハミルトン移籍にも関わっていた
両媒体によれば、マクラーレンを離れたがっていたルイス・ハミルトンについて、ホーナーは本人と話し合ったが、ベッテルと組ませないと判断し、ラウダをハミルトンの方へ導いた。メルセデスは2012年9月にハミルトンの加入を発表している。
その後のメルセデスとホーナー
メルセデスは2013年1月にトト・ウォルフを迎えた。RacingNews365によると、2014年にはウォルフが政治・商業面、パディ・ロウが技術面を担う体制となり、チームは連続7回のコンストラクターズ・ダブルの最初の3回を制した。ロウは2017年を前に退任し、ウォルフが代表を一人で担うようになった。
Grande Prêmioは、ホーナーが2025年7月にレッドブルを解任され、後任にローラン・メキースが就いたと伝えている。次の行き先は発表されておらず、オーナーシップを伴う復帰を好む意向を示したとも報じた。同記事は、仮に誘いを受けていても結果がウォルフ体制と同じになったという根拠はないとしている。
詳しくは元記事をご確認ください。
出典:Grande Prêmio(ブラジル・英語) 2026-10-20 Horner reveals he rejected Mercedes F1 job before Wolff era: 'I was loyal to Red Bull'
出典:RacingNews365(英国・英語) 2026-10-20 Christian Horner was offered Mercedes team principal job in major revelation
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